エッセイ

言葉の選びの難しさ

エッセイの呼吸4

何年も前に書いた文章を読み返すと、考えや表現の拙さだけでなく、誰かを傷つけかねない言葉選びにヒヤッとする。今もまだ人として未熟だが、未熟ということだけで済まされないこともあるだろうとわかってはいるつもりで、努めてやさしく在りたいと思う。

ふだんのオフラインの会話においても言葉選びには気を遣う。それでも気持ちは伝わらず、こちらが何を言っても感情的な非難を浴びることもしばしば、その度にもっと違ったやり方ができなかったのかと反省する。

実際には言葉だけでなく表情や身振り手振りなどにも影響する。本心はまったく言葉の通りなのに、深読みして悪く受け止める人もいる。人は受け止めたいように受け取る。心配をよそに制止を振り切られることもある。

人の数だけ正義がある。状況や場所、その時々の適切がある。だから信頼するほかない。礼儀正しく在ってもそれを支える姿勢の強さがないと無力だ。自分自身を裏切らず、肯定の意思を示して「この人の言うことは、ちゃんとこころに留めておこう」と自然と受け入れてもらえるようになることだ。

ただ同時に、全幅の信頼を寄せられてもいけない。物事はいろんな人の意見を聞くことが大事だ。歴史から誰からの経験から導いたことが常に正解とは限らないけれども、情報を集めることで選択肢、可能性を広げることができる。嫌いな人の意見もまた参考になるときもある。感情を優先するべきではない場面もある。

それでも人は感情の生きもの。最終的には信じたい選択が正しい。納得したなら間違いでも構わないという心境までいければいいのでないかと思う。

医療においては、セカンドオピニオンが挙げられる。誰がなんと言おうと納得できるまで色んな人の意見を聞くといいと思う。逆に、信頼する医師に命を預けていても、家族が納得していないのなら、家族の意見もちゃんと聞くことだ。

言葉選びは難しい。それ以上に、言葉にできない気持ちを伝えることの方が難しい。行間を読むのは受け止める側だ。だから難しくても、やさしく在る強い姿勢をもって接してゆければと。

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  • この記事を書いた人

ユウ

人工呼吸管理が好きな臨床工学技士(ME; CE)。十数年の職務経験で、民間病院から県立、国立病院機構の急性期から慢性期医療に従事。東日本大震災の衝撃から一念発起し、米国呼吸療法士プログラムの受けるべく留学するも資金繰りに失敗して途中帰国。でも求めた知識より一緒に過ごしたグローバルかつ多職種の友達が何よりの誇り。趣味は写真。マイブームはNFT。医療・健康など少しでも役に立つ発信を心掛けます。よろしくお願いいたします。

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