エッセイ

残心

エッセイの呼吸31

改めて振り返ってみても、どの時代のコミュニティーでも、内容によらず集まる人たちと気が合うかで楽しさや居心地の良さが決まると思う。

改めて深く考えたことがあまりなかったし、改めて考えなくてもわかっていたはずのことだから、改めて言語化しなくていいのだと思うけれど、やっぱりそうだ。面白いな。もとの内容が好きかどうかより、集まる人との相性の良さが大事になる。

例えば映画が好きだとして、映画を語り合うコミュニティーに参加したとする。そこに集まる場に自分と合わない人が混じっていると、少なくともその集まりには積極的な気持ちになれない。映画を楽しく語る場は他にもあるはずだから、コミュニティーを変えようってなる。まぁ、当たり前のことだ。

私が高校生のとき、一般的な青春時代とは少し違った3年間を過ごした。もっと楽しい高校生活を送りたかったなって思ったときもあるけれど、今はそうするしかなかったのだろうと思っている。別に稀有なものではなく、あるあるだとは思う。ただ、信じていたものに裏切られたこと、家族や友人と教師にいろんな人間関係の中でそれぞれの思惑が交錯して、こころが消耗した時期があった。

思春期に受けた自分への出来事がその後の人生に大きく影響する。と言い切ってしまったら大げさだけれど、私はどうも居心地の良さが人生において、ものすごく大事らしい。当時の私としてはどんなに説明しても、話が通じなかった。何も難しい話をしたつもりはない。

そもそも話を聞いたところで意見を変えるつもりのない人ばかりだった。それならそれでいいかもしれないけれど、思い通りにいかないからといって傷つける言葉を使ったり、空気を悪くする態度をとるのはいかがなのだろうと思った。

わたしはひどく傷ついた。10代後半で学んだことは、仮にどんなに間違ったことでも支持する人数が多いと負けてしまうということだ。戦略や士気の高さで勝てる戦いはあると思うけれど、それはゆるぎない覚悟と信頼する仲間が必要だと思う。行動し続けることに疲れてしまった記憶がある。たぶん何をするにも体力って思ってるより重要だと思う。だから普段から体力づくりをする習慣があると困難を解決に導きやすいのだと思う。

大金持ちになりたいとか有名になりたいとか全然興味ない。上を目指すことより居場所の治安に重きを置いている人、そう感じている人ってけっこういるんんじゃないかなって思う。そんな気持ちに共感する友達を作りたいな。

友達って作ろうと思って作るものじゃないと思うから、これまでとさほど変わりない生活を送るのだけれど、アンテナを立てていればこれまで目につかなかったことに目を向くことってあると思うから、もっとゆとりをもって仲間をつくろう。というよりいろんなコミュニティーに参加してみようかなと思う。

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勝つことは誇りにならない。武士は斬らざるをえないときに免という情けを残して鞘に納める。

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