エッセイ

一流は怒らない。

エッセイの呼吸13

完全にすれ違っていれば諦められる。でも微妙な認識の違いで、かつ心のどこかで自分の気持ちをわかってほしいと思うとき、怒りの感情が沸いてくる。

言葉にしても理解されないのは、上手く言語化できていない自分の未熟さ故だと思ってきたし、今もそう思うけれども、人の話を聞く力とある程度の教養が相手にないと、つまりは相手が話の内容を受け止める器量がないと、伝わる話も伝わらない。

いや、伝わらないこともないけれど時間はかかる。だから腹立たしいときは深呼吸するしかない。怒ってしまいそうなときは落ち着いて寝かせることだ。そして時間をかけて自分の姿勢や結果を見せて証明するしかいない。時間がかかるけれど、そうする他ない。

時間がかかって出た成果はきっと言葉にせずとも伝わる。相手にも受け入れられるまでの時間がかかったはずだから。信じるしかない。怒りの矛先は至らない自分だ。

「アンガーマネジメント」なんて言葉を初めて聞いたとき、単純にかっこいいなって思った。これまで使い方を誤ってきた部分なのではないか、もしくは原動力であるとかもっと上手く使いこなせるものなのではないかと思った。マネジメントなのだ。無駄なものではないから消し去る行為や怒りから離れる修行の必要性を説くものではない。受け入れるものだ。

人類世界は少しずつ良くなっている。局所的には負荷になっている問題もあると思うけれど、広い意味で確実に良い方向に進んでいるという。これは自分が受けた傷を同じ目に遭わせてやろうとうする人はいるかもしれないけれど、全体としては自分で終わりにしよう、繰り返さないようにしよう、傷つく人がいないようにしようと働くのではないかと思う。

人一人のちっぽけな怒りや憤りも歴史の中できっと僅かにも作用する。教訓を得て、怒らないことがいかに人間社会で重要かが積み上げられてきた。話題になった書籍「Think Civility」でもエビデンスをもって語られている。怒ってはいけない。

今日も「ユウブログ」に来てくれて、ありがとうございます。
人は一人では生きていけない。怒る人はやがて独りになって怒ることもできなくなる。

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