アメリカは世界の警察ではなくなった。誰かを守ることって非常に体力をつかう。見返りを求めないと称えられる。しかし、何も起きず成果がみえないと何のために資金を投入しているのかと批判をされる。そもそも悪事が起きても武力で正すことが人道的かという問題も軍事、国防には必ずついて回る議題だ。
武力や暴力を抜きにして、「安全」を強化しようとするとお金がかかる。これは臨床工学技士の見られ方にも似ている。
臨床工学技士が在籍していない施設は、技士を雇うとお金がかかるし、医療機器を整備しなくても、そんな簡単に壊れるものじゃないからと点検せずに使い続ける。壊れるまで使い続ける。壊れたら捨てて新しいものを買えばいい。
その程度の安全で十分であり、患者に何か起きても、原因が医療機器と特定される前例が起きない限り、考えは変わることなく、その施設は安全にお金をかけずに保守点検されない機械を使い続けるだろう。整備が必要だと、考えが至っても臨床工学技士は雇わずにメーカー保守契約を結んで、修理しつつ壊れるまで使うというスタンスをとるかもしれない。
それが悪いというわけではない。一つの考え方にすぎない。ただ、安全は保険のように、何かあったときに補填されるものもあるが、ある種のランニングコストとして払うものに近いものもある。安全の問題は難しい。
臨床工学技士がいることで、未然に防げた医療機器に関するインシデント事例をたくさん挙げることはできるだろう。でも、その評価はできない。ビフォーアフターでしか示せない。歴史を動かすには、たくさんの気づきが必要だ。
やっぱり専門家が必要だと言わせる、そのままでは思いつかなかった気づきだ。勉強に勉強を重ねて、多様化を進めなければ気づかれない。やはり、より専門性の高いところで戦うべきである。
3次救急の次は、医療型入所施設だ。また、どんだけの振り幅なんだよ自分。笑
臨床工学技士史上初?ではないだろうけど、病院規模の入所施設で、臨床工学技士として勤務するのは自分史上初の経歴になる。所属施設初の臨床工学技士でもある。
来年度よりまた慢性期の人工呼吸管理に従事する。絶対に忙しくなる戦いになる。
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私はいったいどこに行き着くのでしょうか。