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いつでも言えると思うことが、いつまでも言えるとは限らない【知足】

エッセイの呼吸100

成功したいなら、いつまでも準備などせずに即行動せよという。

たしかにその通りだと思う。ただ、もっと細かくいうと、行動するのか行動しないか迷っているなら行動せよということだ。迷っている時間がもったいない。成功する保証を探してもどこにもないのだから。

だから、行動するにあたって具体的に何をするべきか、実際に行動した人がどうなったかなどは普通はリサーチするだろう。相場を知るということだ。試してみてダメだったら引き返せばいいのだが、どこがボーダーラインなのかを知らなければ痛手を負っているのに気づかなかったり、かすり傷なのに引き返したりしてしまう。

自転車に乗れるようになるためには、何回かは転ぶだろう。怪我はするだろう。痛いだろう。じゃあ、怪我したときのことを考えて、自動車が通らないような地面はアスファルトではなくて土のところで練習しようとなる。補助輪をつけてもいい。

自転車に乗りたいと思いながら、自転車をいつまでも眺めていたところで乗れるようにはならない。でも、ブレーキのかけ方やペダルの漕ぎ方を親や友達に聞いたり、本で調べたりして知識があった方が上達は速いだろう。行動すると決めているのなら、準備はし過ぎることはないと思う。

本を書きたいと思っても急には書けない。実際に出版する方法を調べることもそうだが、私の場合はライティング技術がない。でも技術がないと出版してはいけない法律はないし、ライティングスキルは書かないと上手くならないはずだ。だから、ブログから始めた。(一年経って書けるようになってきたかは正直わからないけれども。)

達成したい目標のため、上達したい技術のため、準備と本番を繰り返して、着実に階段を登っていけば、最終的に辿り着きたいところまで行けるのだろう。でも、これは「今はできない」こと、今の自分に「足りない」ことを克服する過程だ。

では、今はすでに能力としてできることについては、どうだろうか。夢や成功のために人は必死に努力する。人は努力しないといけないわけではないとは思う。でも、足りないことに夢中になって、今現在を見落としがちだ。

わかりやすく誰でも当てはまるのは、老化だろうか。いつまでも100mを全力で走れない。会話の中で思い出せない名前が増えてくる。別に悪いことではない。

でも「今はできることができなくなる」という日が、いつかは訪れるだろう。自分だけじゃない、自分の大事な人たちにも訪れる。

みんな平等にいつかは息絶える。その日はあと50年後だろうか、1年後かもしれない。明日ではない保証はどこにもない。誰も知らない。

「ありがとう」と伝えたい。「辛い」と訴えたい。いつでも言えると思うことが、いつまでも言えるとは限らない。

今現在、能力はある。できる。準備など必要ないのに見落としがちだ。生まれたときは泣くことくらいしかできなかったのに、必死に泣いて今日まで頑張って生きてきた。だから、今できることだってたくさんある。

私は、足りないことは必死に泣いて傷つこうと思う。すでに足りていることは、手助けしてくれた人に感謝を伝え続けたいと思う。

今日もユウブログに来ていただき、ありがとうございます。
また明日。

  • この記事を書いた人

ユウ

人工呼吸管理が好きな臨床工学技士(ME; CE)。十数年の職務経験で、民間病院から県立、国立病院機構の急性期から慢性期医療に従事。東日本大震災の衝撃から一念発起し、米国呼吸療法士プログラムの受けるべく留学するも資金繰りに失敗して途中帰国。でも求めた知識より一緒に過ごしたグローバルかつ多職種の友達が何よりの誇り。趣味は写真。マイブームは禅。医療・健康など少しでも役に立つ発信を心掛けます。よろしくお願いいたします。

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